麓に住む 中川佳宣1995-2004

 今年の夏はとても暑い、夏らしい夏かも知れません。カミナリの鳴る夕立にも何回も遭いました。
でも、クーラーの温度さらに下げている人類は滅亡に向かって突き進んでいるのかも知れません。何故こんになに暑いのにスーツを着ている人がいるのか。着なければならないのか。誰もが疑問に感じている事なのに、世間体とか慣習といものは恐ろしいものです。何か極端な崩壊でも起こらない限り状況は変わらないのでしょうか。
 さて、この秋の発売の作品ですが、以前ここでも触れました「麓に住む 中川佳宣1995-2004」は、10月の発売になりました。本編とは別に5つの展覧会の全ての作品が視聴できるアーカブ映像も収録しています。バックグランドには、比良山系の神爾の谷や正面谷の山の音を採用しています。この音の収録には苦労しました。耳で直に聞く音とマイクを通したものでは、音質や聞こえてくる音にかなり差があって、なかなか思った通りのイメージになりません。遠くから聞こえる飛行機などの雑音、夏場には琵琶湖からパワーボートの音が邪魔をしてピュアな音の収録はなかなかうまく行きませんでした。勿論、中川佳宣の作品のこの10年と彼の制作スタイルを感じていただける内容になっています。
「麓に住む」にも登場する比良山の隠れ滝
真夏でも自然の冷気が漂う

同じく10月に発売します「The Body as Matrix ~マトリクスとしての身体~マシュー・バーニー:クレマスター サイクル」はUfer!として初めての輸入作品です。昨年のモントリオールで出会った作品です。映画祭の若手スタッフ主催の飲み会でたまたま監督のマリアと話をする機会がありました。その時に日本での公開の予定が無い事などを聞き、どこか配給してくれるところはないものかと思っていました。ユーロスペースもアートドキュメンタリーから遠ざかってしまいましたし、結局自分のところでやってみようということになりました。内容的には非常に真面目にクレマスター・フィルムサイクルと向き合ったドキュメンタリーと言えます。マリアのインタビューに答えるマシュー自身も少しの笑みも浮かべず淡々と話をしていて、そこから読み取れる事も多いのではないかと思います。プロジェクトに関わった人たちのエピソードなどから、マシューにとってクレマスター・サイクルが何であったのかが少し見えてくるのではないかと思います。クレマスター・サイクルをご覧になった方は勿論、見逃された方も、その作品をまた違った視点で知る手がかりになると思います。
モントリオールで舞台挨拶をする監督のマリア
卒論は河原温さんについて書いたという監督のマリアは、ゲーリー・ヒルなどの美術作家をテーマにしたドキュメンタリーを制作しています。制作したWDRのプロデューサーのラインハート氏は大手放送局のプロデューサーとは思えないような作品の嗜好で、一般的な作品には興味が無いという、なかなか頼もしい存在です。そう言えば、テレビ番組として作られたこのバーニーのドキュメンタリーにも解説やナレーションは入っていません。日本のテレビ番組にも、そういうスタンスがそろそろ必要ではないかと思います。画面を見れば分ることにナレーションを入れたり、発言を聞いているのに同一言語の字幕が入るのはどうも間抜けです。

麓に住む 中川佳宣 1995-2004 / Living in the foot of a mountain Yoshinobu Nakagawa 1995-2004 from Ufer! Art Documentary
幼い頃に見た風景、形、そして匂いや雰囲気というものは、意識せずとも必ずその人の脳裏に宿っている。
現代社会での人間のいたたまれない行動や行為は、その脳裏の記憶が剥がされてしまったのか、もしくは違う何かがそこに記録されてしまったための自然現象なのかもしれない。
そして文明への憧れに幻滅する時、人は自然に回帰するに違いない。
植物からインスピレーションを得たという中川佳宣の作品は、そんな記憶の断片を形にしてきたのではないだろうか。彼の20年余りの作家活動は一貫してその繰り返しであった。
10年程前に滋賀県の比良山の麓に移り住み、都市では見えにくい視点で作り込まれる作品には、我々の求める答の断片が仕込まれているかもしれない。
本作品では、この10年間の主な展覧会や制作風景、インタビューを通して、中川作品に触れる。
The scenes, the shapes, the smells and the atmosphere that we experienced when we were young, inhabit our minds whether we are aware of it or not.
We, in our modern society, witness men’s cruelty. These acts we witness are the natural consequences of the loss of memory from our consciousness or the imprinting of a different memory. Once men lose their aspiration for civilization, they return to nature.
Inspired by nature, Yoshinobu Nakagawa’s work seeks to form these pieces of memories. His 20-year career is testament to this fact. Nakagawa, who has lived in Shiga surrounded by the Hira Mountains for about ten years, applies a perspective to his work that is alien to urban life. In his work we find answers to some of the basic questions of existence.
The film introduces Nakagawa’s works through his exhibitions over last ten years, his working environment, and interviews.
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